体のケアと健康について考えるブログ

健康に関する情報と体験レビューをお送りします

スポンサーリンク


【NHKドキュメンタリー】「ありのままの最期」の田中雅博さんの最後に深く考えさせられた夜

スポンサーリンク


昨晩たまたまNHKをかけるとドキュメンタリー風の番組が放送されていました。

「あれ?今夜は”プロフェッショナル”は休みなのでは?」と思いながら、なんとなく見続けていると、思いのほか深い内容に引き込まれてしまい・・・そして最後は思わず涙ぐんでいる自分がいました。

この番組のタイトルは「ありのままの最期 末期がんの“看取(みと)り医師” 死までの450日」。

医師であり僧侶であった田中雅博さんの最期の450日間を看取った、心打たれる壮絶なドキュメントだったのです。

www.nhk.or.jp

 

医師としての限界を感じて僧侶に

 

番組を途中から見始めたので、最初は内容がすぐに掴めませんでしたが、やがてすぐに何を目指している番組なのかが、おぼろげながら分かってきました。

患者さんらしい年配の男性が、NHKのインタビュアーに「取材してくれて嬉しい」「話を聞いてもらえてうれしい」としきりに繰り返しているところから見始め、番組が進むにつれて、この男性は医師であり、僧侶であるということ、自身も多くの患者さんの話を最期まで聞いて臨終を看取ってきたということ、そして男性の名前は田中雅博さんということも。

 

from: livedoor

 

栃木県出身の田中さんは、若いころに医師となり、東京慈恵医科大学を卒業後、国立がん研究センターで勤め、病院の内科医として医療に携わってきました。

しかし多くのがん患者さんを診るうちに、医療の成しえる限界を感じて、実家のお寺(西明寺)を継ぐことを決心。

44歳のときに境内に入院のできる診療所と介護施設を建てて以来、多くの患者さんの体と心をケアし続けてきたのです。

診療所は病気を治療するというだけでなく、終末期を迎えた患者さんに少しでも穏やかな最期を迎えてもらいたいと願う、田中さんの長年の夢を実現する場所。

有床診療所 | 西明寺・普門院診療所

そうして千人以上の患者さんの最期を看取ってきた田中さんでしたが、2014年に末期の膵臓癌が発見され、肝臓に転移していることも判明しました。

以後、奥様であり医師でもある貞雅さんのケアと看護のもとで、田中さんは講演活動やがんで苦しむ人たちのケアも続けてきたといいます。

取材を受けた経緯は、番組を途中から見たために、はっきりしたことは分かりませんが、終盤まで見続けていくうちに、どうやら田中さんは自分の最期までの経緯を撮影し続けてほしいこと、自分が死んだ後のお葬式の様子まで記録に残してほしいことをスタッフに伝えていたようであり、それはおそらくですが、田中さんは人の死というもの、最期を迎えた患者さんが何を必要としているのかということを、自身の最期の姿を赤裸々に映し出すことによって、世の中にはっきりと目に見える形で訴えたかった所以ではないかと思うのです。

 

静かに迎えた最期

 

番組の中盤のころは、田中さんはまだまだ元気で、ほかの患者さんと話したり、講演会に出かける余裕もありました。

取材クルーに自身の過去や病気のことなどを次々に語る田中さんに、スタッフが「こんなことまでお聞ききしていいのですか?」と遠慮がちに訊ねると、「むしろ聞いてもらえてすごく嬉しい」と冒頭に述べたセリフをしきりに語っていたのが印象的でした。

おそらく田中さんも医師として終末期を迎えた患者さんから、同じ言葉を何度も聞いていたのでしょう。

 

from:higan.net

 

話を聞いてほしい。

心の内を吐き出したい。

 

同じく終末医療に携わる小澤さんのドキュメンタリーが、今年の3月にNHKで放映されていましたが、そのときの小沢さんの患者さんに対する接し方が「最後までしっかり話を聞くこと」でした。

juntarouletter.hateblo.jp

多くの最期を迎える患者さんは、当たり前なのですが、すごく心に「不安」を抱えているのだと思います。

自分のすべてが終わっていく。

これまでの人生が跡形もなく無くなってしまう・・

それらが目の前に迫ってきているという冷徹な事実。

想像を絶する「不安」が患者さんの胸の内を襲うのではないかと・・・

それを少しでも和らげるために、終末医療に携わってきた小澤さんや田中さんは「とにかく相手の話を聞いてあげること」を心がけてきたのではないかとも。

命の終焉を迎える時、それは決して美しいものでもなく、むしろその逆だということを、多くの看取りで実感してきたがゆえのケアだと思います。

やがて田中さんは、それまではっきりとしていた意識が薄れ始め、自身も死への「不安」に苛まされる「せん妄」の状態に陥っていくのでした。

 

*せん妄=意識混濁に加えて奇妙で脅迫的な思考や幻覚や錯覚が見られるような状態。健康な人でも寝ている人を強引に起こすと同じ症状を起こす。 

せん妄 - Wikipediaより

 

田中さんを看護し続けてきた医師であり奥様でもある貞雅さんは、ご主人を懸命にケアし、生き続けてほしいと願います。

しかし田中さんは徐々に弱っていき、欠かさなかった講演会の出席もかろうじて一言だけ話すだけにまでの衰えを見せていきます。

そして最後のとき。

それまでに見せなかった「奥様の手を握る」という行為で奥様への感謝と愛情を示したひと時を経て、ある日の朝に最期を迎えたのでした。

番組スタッフは奥様からの連絡でそのことを知り、急いでお寺に駆け込んでみると、すでにそこには静かに眠っている田中さんのご遺体があったのです。

その表情はすごく穏やかで、苦しんで死を迎えたものではないことは明らかでした。

スタッフは、これまで撮影をさせてもらって深く感謝していること、そして生前の田中さんの願い通り、お葬式まで撮影を続けることを伝えました。

そして迎えたお葬式の日。

多くの弔問客が来訪する中、葬儀は滞りなく終わり、田中さんのご遺体の出棺の時がやってきました。

ご遺体を乗せた車がクラクションを鳴らして焼き場に向かう中、それまで気丈に振舞っていた奥様の貞雅さんは泣き崩れ、「私はとても行けない」と焼き場への同行を断ったのでした。

この瞬間、私も涙が止まらなくなりました。

妻として、そして医師として、長く田中さんとともに終末医療に奔走してきた毎日。

がんで苦しむ、ご主人を懸命に治療し、看護してきた数年間。

生きていてこそ、確かな手応えがあったご主人との絆や心の支えが、これで本当に最期になるのですから・・・

撮影スタッフは生前の田中さんの願い通り、そのご遺体が灰と骨だけになった様子を静かに映し出し、そしてすべてを終えたのでした。

 

最後に

 

田中さんの最期を見て、本当に色々なことを考えさせられました。

人の死というもの、身近なものの死について、そして自分自身の最期・・・

人はいつか必ず死にます。

それは避けられないことです。

いわば人は皆、死に向かって毎日を歩んでいる。

そうであればこそ、生きている今を充実させないと意味がないのではないか・・

そんなあれこれが瞬く間に頭の中を駆け巡りました。

同時に田中さんが最後に見せた奥様への愛情と感謝の表現である「手をつなぐこと」。

同じことを私の母が祖母から受けたということを思い出しました。

94歳まで生きた祖母は、その最後の数年間はそれまでの気丈だった祖母からは信じられないくらいに、せん妄の状態が激しくなっていました。

実家で一緒に暮らしていたのですが、毎晩のように大声をあげて母を起こしたり、買い物なので少しでも母がいなくなると「蒸発した」「誘拐された」と大騒ぎするほど大変な状態が毎日続いていて、私たち家族もそうでしたが、母への負担が最も大きかったと思います。

そんなある日、就寝前に母がいつものように祖母をベッドから起き上がらせてトイレに連れて行ったとき、便座に座った祖母が、急に母の手を握ってきたというのです。

「え?なに?なにか言いたいの?」と、それまで見せなかった行動に驚いて母は祖母に訊ねましたが、祖母は一言も発さず、ただじっと母の目を見つめて「ぎゅっ」と手を握ったままでした。

母も何か感じたのか、そのままトイレが終わるまで、祖母の手を握り続けていたといいます。

それから数日して、祖母は亡くなりました。

後になって母は「あのとき私の手を握ってきたのは、 ”ありがとう”って意味だったんかな・・・」と涙ながらに私たち家族に語っていました。

実の娘だったからこそ、自分の言いたいことや、我がままを思い切りぶつけてきた晩年の祖母。

でも最後の最後に別れの言葉を、感謝の言葉をかけたかった。

それが「手を握る」ことだったのではないかと・・

本当のことは分かりません。

偶然のことだったのかもしれません。

ただ今回の放送で、田中さんが奥様の「手を握った」ことが、私の祖母のそれと同じように、最後の別れの挨拶だったように思えるのです。

自分自身を翻ってみれば、もちろん最期は潔く美しくありたいと思っていますが、やはり死への不安は避けられないのかもしれません。

「死にたくない」「助けてくれ」「早く死なせてくれ」と見苦しく訴え続けるのかもしれません。

でもせめて最後の時だけは・・・一番大切な人の手を握って別れの挨拶に替えられたら・・今では心からそう思っています。

 

追記(9月20日)

 

番組を見た多くの視聴者がツイッター上で様々な意見をあげていました。

ほとんどは「感動した」「人間らしさを感じた」という肯定的なものでしたが、中には「田中さんが早く楽になりたがっているのに、無理やり延命処置を施して信じられない」とか「奥さんのエゴが耐えられない」などの否定的な意見も散見できました。

そういった否定的な意見はすごくよくわかるし、私も見ていて同じことを少し感じてもいました。

ただ奥様も、その矛盾を十分に分かったうえでの行動だったと思うのです。

早く楽にしてあげたい、でも元気になっていつまでも生きていてほしい・・

相反する複雑な感情は、決して他人には計り知れない深いものがある。

自分でもわかっているのだけど、どうしようもない感情の迸り・・

死と直面した家族の葛藤というのは、それを実際に身をもって体験したものでしか、理解できないものなのかもしれません。

一つだけ言えるのは、田中さんも奥様も、ただただ人間らしかったということ。

最後の最後まであがき、助けようと懸命に努力し、最後は消えていく命。

そうなることを恐らくすべて承知の上で、取材班に撮影されることを願った生前の田中さんの覚悟と、それをありのまま受け入れた奥様の深い愛情・・・

すべてが胸に激しく迫ってきた、壮絶な命のドキュメントでした。

田中さんのご冥福と、その生前のご遺志が永く終末医療ケアで実現されることを心から願っています。 

 

おすすめ記事

juntarouletter.hateblo.jp

juntarouletter.hateblo.jp

juntarouletter.hateblo.jp